ナーバス・ブレークダウン

添乗アルバイトは添乗の前日に添乗準備というものを行わなければならない。
準備を行う営業所には、営業時間内であれば別に何時に行っても構わないのだが、慣れないうちは準備に1時間半から2時間くらいかかってしまうので、僕はなるべく昼過ぎには営業所に行くようにしている。
出社すると、まず添乗準備袋(旅行先の資料や、アンケート用紙などが入っている)を受け取る。この時点で明日どこに行くかを知らされ、胸のドキドキ(おもに緊張と不安から来る)が始まる。
受け取った準備袋の中の指示書と呼ばれる資料にざっと目を通し、立ち寄り先やバスの発着予定時刻など、当日のツアー内容を頭に叩き込み、日程表の予備をコピーしたあと、バス会社に確認の電話を入れる。
旅行会社とバス会社は基本的に別々で、おもにツアーの企画を組む旅行会社は、バス会社に観光バスとドライバー及びバスガイドの手配を依頼する。ツアーはドライバーとガイド、そして添乗員の三人で進行していく訳だが、添乗員は旅行会社から派遣されるので、バス会社から派遣されるドライバーとガイドとは、旅行当日の朝に初めて顔合わせすることになる(以前に組んだことのあるドライバーやガイドと再度チームを組むということもあるが、その辺は全部バス会社の裁量で決まる)。
僕はまだ経験したことないけど、ごくまれに手配できるのが観光バスとドライバーのみ、つまりバスガイドなしという過酷な状況も起こり得るらしく、その場合、添乗員がバスガイドも兼ねなければならないらしい。
そんなこんなでバス会社に確認が取れたら、次は当日の立ち寄り先(食事場所、観光施設や土産物屋など。一回のツアーにつき4、5件)に電話し、明日の参加者人数や入り込み時間などを連絡。
次に、配布された参加者名簿を見ながら、ツアーに参加する各グループの代表者に最終確認の電話を入れる。参加するグループの数にもよるけど、これが大体20〜30件くらい。代表者に、念のため参加人数の変動がないかを聞き、バスの乗車場所・乗車時間を再度確認する。この時、旅行参加者からツアーに関する質問をされる場合があるので(当日の天候や参加者の総数を聞かれる場合が多い。行き先が花の名所であれば花の咲き具合なども聞かれる)、現地の情報は資料やネットなどで事前に調べておく必要がある。
でも大抵の場合、この時点で代表者全員と連絡が取れることはない。特に夕方近くなると電話が繋がらないことも多く、先方の家に留守番電話があればメッセージを残すこともあるけど、営業所からの電話で連絡が取れなかった参加者には、帰宅後、直接本人と連絡が取れるまで自宅から何度も掛け直さなければならないので、結構面倒くさい。
で、営業所での確認電話が一通り済んだら参加者名簿のコピーを提出し、そのあと経理の人に添乗準備金をもらう。
これはツアー当日に必要な経費で、観光施設の拝観料や有料駐車場料金、有料道路料金などはすべてこの準備金の中でやりくりする(当日、添乗員のミスで余計な経費が発生した場合は言うまでもなく添乗員自身の負担になる)。
最後に、当日のバスの座席表を考えなければならないのだが、実はこれが一番頭を悩ませるところなのである。
大抵の観光バスは中央の通路を挟んで二人掛けの座席が左右に備え付けられているので、ツアーに参加するグループが2人組や4人組といった偶数で構成されていれば何の問題もないのだけど、毎回何組かは1人での参加だったり3人組や5人組の奇数グループが混じっていたりするので、そうなると当然、グループの中で一人だけ座席が前後してしまったり、孤立したりという状況が避けられなくなる。下手すると苦情の原因にもなってしまうので、これがなかなかデリケートな問題なのだ。
しかも原則として、ツアーを申し込んだ先着順に一列目から座席を埋めていかなければならないという決まりがあり、その上、シーズン中は45人乗りのバスに参加者が40〜45人というケースがほとんどなので、すんなり座席が決まるということはまずないのである(ちなみに添乗員は、座席に余裕がある場合を除いて、前から二列目の補助席に座るのがルール)。
「夫婦での参加であれば隣同士に座らせる」、「女性の隣に別グループの知らない男性を座らせない」といった、席割りのセオリーを駆使して、どうにかこうにか座席表のプロトタイプを作り、それが済んだらようやく退社。
家に帰り、先ほど連絡が取れなかった代表者宅に再度電話を掛けたあと、人数の変動がなければ座席表を清書する。ネットで旅行先の知識を蓄えたあと、指示書でツアーの段取りをもう一度確認しつつ、バスの中で行う挨拶をどうするか考えながら就寝。
これが添乗準備のおおまかな流れである。