老兵論

最近、『グラン・トリノ』を観た。なかなか面白かった。
偏屈なじいさんが無垢な少年と次第に心を通わせて……っていう展開はまあ、結構ありがちだとは思うんだけど、それをイーストウッドがやるとまた違ったニュアンスが出るというか。たとえば昔のイーストウッドなら、神話的な強さでもって悪人をばったばった薙ぎ倒していくというイメージが強いけど、今の年齢(80歳くらい?)ともなれば、そんな超人的パワーは当然衰えて然るべきで、となると頼れるのは、必然的に、己の経験とか知識といったものに限られてしまう訳で、そんな老成の時期に至った今、往年の『アウトロー』をもう一度撮り直すとしたら、今度はこんな感じになるんじゃないか? みたいな、自己の作品に対するアンサー的な趣きがこの映画にはあって、しかもそれが厭味にならないのはやっぱりイーストウッド本人の貫禄というか凄みが半端でないからで……というのは全部僕の勝手な想像なんだけど、そんな風に深読みさせる演出がまた憎かった(だって、やたら唾吐いてるし)。
ただ、本当にそうやって自分の過去の作品を振り返ったのだとしたら、イーストウッド自身もう老い先長くないことを意識してるのかもしれんなー。とか一人で思ってしまい、ちょっと泣きたくなった。個人的には、あと100本くらい映画撮って欲しいな。